母の闘病時代の反省を生かしたい。
私は癌を信頼できる人に公表し、助けを求めようと思った。これが正しい行動かどうかはわからないが、助けてと叫んでみようと、腹の底からご〜〜〜〜〜〜っと渦が立ち上がってくるような気持ちが沸いた。
周りにひたすら隠した母を親に持つ私には、公表する、ということのハードルが、富士山に匹敵するくらい高い。
母が永眠する前は、公表するなんて思いもよらなかった。個人的な事をひたすら隠すという価値観の中で育った。
永眠後に、価値観が変わった。というか、色々変えようとしなきゃと思うようになった。
公表しないのか?何故しないのか?恥ずかしいのか?劣等感なのか?と考えるようになった。考えられるようになった。考えなければ行動に移せないのだが、考えれば行動できるようになった。
詳しい人といえば医者。相談できて信頼する医者は2人。聞いてみよう。聞くんだ。強く決心しないと行動できない私は、強く自分に言い聞かせた。
私は、基本的に対人コミュニケーションへの苦手意識はかなりあります。相当×10倍仲良くないと、ぽんぽん話しかけられないタイプ。
1人は勤務していた病院の先生、1人は親族。2人聞ける人がいた事をまずは喜んだ。
「お医者さん、もし自分だったらどこの病院に行きますか?」
と、夫の力も借りて、相談。もちろん、現在の病状(胃癌かも。と、ステージ1では無さそう。という内容)もわかる範囲で説明しながら。そして、答えが出た。
意を決した割に、答えがでるまでの時間は短かった。気が抜けるくらい、あっさり、あっという間。私の治療パートナーである夫とも沢山話した。迷いは無い。ここへ行こう、と決めた。がん研有明病院である。
決め手は?と聞きたくなる方がいるかもしれません。正直、「勧められた。」という簡単な答えが全てです。聞いた医師の1人はたまたま消化器外科で、この病院での治療が標準治療となる、と聞いた事が大きいかなと思います。
ネットや本での検索は?どうでしょうか? ネットや本は、対象者が1人ではなく、それを見る全員であるため、全てにおいていい点悪い点が書いてあり、情報量が膨大です。私は、検索をすることで、具体的ではないが大きな不安に襲われる事が多々あり、今回の病院決めの時には検索をしないようにしました。